「最近、口の中がネバネバする」
「食事のときに水がないと飲み込みにくい」
「夜中に口が乾いて目が覚める」
ご高齢のご家族から、こうした訴えを聞いたことはないでしょうか。
あるいはご自身で、以前は気にならなかった口の渇きを感じるようになった方もいらっしゃるかもしれません。
口の渇きは「歳をとれば誰にでも起こること」と受け流されがちですが、実際にはお薬の副作用や全身の状態が背景にあることが多く、放置すると虫歯や歯周病が一気に進んだり、入れ歯が使えなくなったりと、お口の健康を大きく損なう原因になります。このコラムでは、高齢の方の口腔乾燥(ドライマウス)が起こる仕組みと、ご家庭で今日から取り組めるケアについて、歯科の立場から解説します。
目次
唾液は「ただの水分」ではありません
唾液は健康な成人で1日あたり1〜1.5リットルほど分泌されています。単に口を湿らせているだけでなく、次のような働きを担っています。
唾液が果たしている主な役割
| 働き | 内容 |
|---|---|
| 洗浄作用 | 食べかすや細菌を洗い流し、口の中を清潔に保つ |
| 抗菌作用 | 細菌の増殖を抑える成分を含み、感染を防ぐ |
| 緩衝作用 | 食後に酸性に傾いた口の中を中性に戻し、歯が溶けるのを防ぐ |
| 再石灰化 | カルシウムやリンを供給し、溶け始めた歯を修復する |
| 消化・嚥下の補助 | 食べ物をまとめ、飲み込みやすい形にする |
| 粘膜の保護 | 頬や舌の粘膜を覆い、傷つきや炎症を防ぐ |
つまり唾液が減るということは、これらの防御機能が同時に低下するということです。口が乾いている方の虫歯や歯周病の進行が速いのは、こうした理由によります。
高齢の方の口が渇く4つの背景
1. お薬の副作用
実際の臨床で最も多い原因がこれです。口の渇きを副作用として持つお薬は非常に幅広く、降圧薬、利尿薬、抗アレルギー薬、睡眠薬、抗不安薬、抗うつ薬、パーキンソン病の治療薬、頻尿の治療薬などが代表的です。
特に注意したいのは、これらを複数併用している場合です。1剤ずつでは軽度でも、5剤、6剤と重なることで乾燥が強く出ることがあります。「急に口が渇くようになった」という場合は、その少し前にお薬が追加・変更されていないかを振り返ってみてください。
2. 加齢と水分摂取量の低下
加齢そのものによって唾液腺の機能はある程度低下します。加えて、高齢になると喉の渇きを感じる感覚が鈍くなり、水分摂取量が減りがちです。トイレが近くなるのを避けて意識的に水分を控えている方も少なくありません。脱水気味の状態では、唾液の量は当然減ります。
3. 口呼吸
鼻づまりや、加齢による口周りの筋力低下で口が開いたままになると、呼気で口の中の水分が奪われます。唾液の分泌量自体は保たれていても、乾燥した空気にさらされ続けることで口の中は乾いていきます。就寝中に強く現れやすく、「朝起きたときが一番つらい」という訴えにつながります。
4. 全身疾患や治療の影響
糖尿病では高血糖による脱水傾向から口渇が生じます。また、涙腺や唾液腺が障害されるシェーグレン症候群、頭頸部への放射線治療の後遺症なども、唾液の分泌を大きく低下させる原因です。原因がはっきりしない強い乾燥が続く場合は、医科での検査が必要になることもあります。
口が渇くと、お口の中で何が起こるか
口が渇くことで何が起きるのでしょうか。実はお口の中ではたくさんの変化が起こっています。ここでは、口が渇くことで引き起こされる可能性がある症状をご紹介します。
虫歯と歯周病が急速に進む
洗浄・抗菌・再石灰化のいずれも働きが落ちるため、歯と歯ぐきの境目や、露出した歯の根元から虫歯が広がりやすくなります。ご高齢の方の虫歯は歯の根元にできる「根面う蝕」が多く、これは進行が速く、気づいたときには歯が折れる寸前ということも珍しくありません。
入れ歯が外れる・当たって痛い
入れ歯は唾液の薄い層による吸着で安定しています。乾いていると吸着が得られず外れやすくなり、さらに乾いた粘膜と入れ歯がこすれることで傷や潰瘍ができます。「合わない入れ歯」と思われていたものが、実は乾燥のせいだったというケースもあります。
話しにくい・味が分かりにくい
舌が滑らかに動かず、会話が続くと話しづらくなります。また味の成分は唾液に溶けて味蕾に届くため、唾液が少ないと味覚が鈍くなり、食欲の低下や、味付けが濃くなることによる血圧への影響にもつながります。
粘膜の痛み・カンジダ症
乾燥した粘膜は傷つきやすく、ヒリヒリとした痛みや舌の痛みが出ます。また常在菌であるカンジダが増えやすくなり、舌や頬の内側に白い苔状のものが付いたり、赤くただれたりすることがあります。
口の渇き(ドライマウス)を緩和させるためにご家庭でできるケア

保湿剤を上手に使う
口腔用の保湿ジェルやスプレーは、薬局や歯科医院で入手できます。ジェルタイプは就寝前に、舌の上や頬の内側、入れ歯の内面に薄く塗り広げると、夜間の乾燥を和らげられます。厚く塗りすぎると乾いて固まり、かえって不快になるため「薄く広く」が原則です。スプレータイプは日中の外出時に携帯すると便利です。
水分の取り方を工夫する
一度にたくさん飲むより、コップ半分程度をこまめに取るほうが効果的です。ただし、飲み込む力が弱っている方では、水そのものがむせの原因になることがあります。むせが目立つ場合は、とろみをつける、氷片を口に含ませるといった方法に切り替え、一度歯科や医科で嚥下の状態を確認してもらってください。糖分を含む飲料を頻繁に口にすると虫歯のリスクが上がるため、水やお茶を基本にします。
唾液腺マッサージ
耳の下(耳下腺)、顎の内側のやわらかい部分(顎下腺)、顎の先の内側(舌下腺)を、指の腹でやさしく円を描くように10回程度ずつ刺激します。強く押す必要はありません。食事の前に行うと、食べ始めの飲み込みやすさが変わります。また、しっかり噛んで食べること、会話をすることも唾液腺への良い刺激になります。
清掃の方法を見直す
乾いた口の中では汚れが粘膜にこびりつきます。歯磨きに加えて、スポンジブラシや舌ブラシで粘膜の汚れを取ることが大切です。このとき、まず保湿剤で汚れをふやかしてから拭い取ると、粘膜を傷つけずに済みます。歯磨き剤は、発泡剤(ラウリル硫酸ナトリウム)やアルコールを含むものが刺激になることがあるため、低刺激のものを選ぶと快適です。
「薬をやめれば治る」と自己判断しないでください
原因がお薬にあると分かると、服用をやめたくなるかもしれません。しかし、降圧薬や抗うつ薬などを自己判断で中止すると、血圧の急変動や症状の再燃といった重大な結果を招くことがあります。
正しい進め方は、口の渇きが強いことを処方元の医師に伝えることです。同じ効果で乾燥の少ないお薬に変更できる場合や、用量の調整で軽減できる場合があります。歯科としても、必要に応じて医科への情報提供を行い、連携しながら進めていきます。
歯科でできること・訪問歯科という選択肢

歯科医院では、乾燥の程度を確認したうえで、保湿剤の選択、入れ歯の調整、根面う蝕の予防処置、カンジダ症への対応などを行います。口の渇きがある方は虫歯・歯周病の進行が速いため、通常より短い間隔での定期的なチェックをおすすめしています。
また、通院が難しくなった方には訪問歯科という方法があります。ご自宅や施設にお伺いし、お口の清掃、入れ歯の調整や修理、乾燥への対応、飲み込みの評価などを行います。「もう歯医者には行けないから」と諦めてしまう前に、一度ご相談ください。
よくある質問
Q. ガムを噛むのは効果がありますか?
噛む刺激は唾液腺の働きを促すため有効です。ただし必ずシュガーレス、できればキシリトール入りを選んでください。糖分を含むガムを長時間噛むと虫歯のリスクが高まります。また、飲み込む力が低下している方や認知症のある方では誤飲の危険があるため、その場合はおすすめしません。
Q. 本人は「乾いていない」と言うのですが、口の中がネバついて見えます
感覚が鈍くなっていると、乾燥していても自覚がないことがあります。判断の目安は、舌の表面にひび割れや赤みがないか、頬の内側に指を当てたときにすべりが悪くないか、話しているうちに口の端に白い泡状のものがたまらないか、といった点です。自覚がなくても虫歯や粘膜のトラブルは進行しますので、気になる場合は歯科でご確認ください。
Q. 保湿剤は毎日使い続けても問題ありませんか?
口腔用の保湿剤は継続使用を前提に作られていますので、毎日お使いいただけます。むしろ症状が強い方は、朝・食後・就寝前と1日数回に分けて使うほうが効果的です。使用後にしみる、味が合わないなどがあれば、別の製品をご提案します。
まとめ|口の渇きは「年のせい」で終わらせないでください
高齢の方の口腔乾燥は、加齢だけでなくお薬や全身状態が複雑に関わって起こります。そして唾液が減った口の中では、虫歯も歯周病も驚くほど速く進みます。逆に言えば、原因を整理して適切なケアを行えば、症状を和らげ、歯を守ることは十分に可能です。
保湿剤の使い方、水分の取り方、清掃の仕方、そして必要に応じた医科との連携。どれもご本人やご家族だけで判断するのは難しい部分がありますので、ぜひ歯科にご相談ください。
服部歯科医院では、たまプラーザ・美しが丘エリアで、ご高齢の方のお口の乾燥やケアについてのご相談を承っております。通院が難しい方には訪問歯科でも対応しておりますので、お気軽にお問い合わせください。